ふくしおおさか2022年秋号
3/12

イトハウス字図書館事業を開いたぞい。大学卒業後はイギリスに留学。帰国後、関西学院大学で英文学を教えるかたわら、視覚障がい者の福祉向上のための運動や事業に尽力し、昭和10(1935)年に大阪市阿倍野区に念願の日本ライトハウスを建設したんじゃ。世界的に有名なヘレン・ケラーとアメリカで出会ったのはこのころ。彼女の伝記や著書などを和訳して日本に広く紹介したんじゃ。岩橋の熱烈な要請により、昭和12(1937)年の初来日以降、岩橋はヘレン・ケラーと親交を結んだぞい。戦後、昭和23(1948)年の2度目の来日も橋渡しをしたことが一つい者に対する初めての法律「身体障害者福祉法」が制定されたんじゃ。その後、日本ライトハウスは、視覚障がい者のリハビリテーションや、情報提供事業、盲導犬の育成事業を運営。今年に創立100年を迎えたぞい。現在、クラウドファンディングを活用し、「盲学校の生徒に星空を2022」という暗所視支援眼鏡を寄贈するプロジェクトを展開。開拓者の精神を引き継ぎ、水・中・か・ら・陸・に・上・るのう。日本に“灯ラ台を✿ふたたび福祉の道へ児童福祉の分野で働いていた母の影響で、福祉系の大学へ進学しました。卒業後は、仕事に不安や悩みがある人をサポートしたいと人材派遣会社に就職。そこで出会った障がいや生活困窮など福祉的課題を抱える人を支援したいと思い、社会福祉士を取得後に入職しました。✿相手の思いと向き合うこれまで、コロナ特例の貸付相談窓口やコミュニティソーシャルワーカー(CSW)として働いてきまし。3年目の現在は、総務課で職員管理や共同募金、民生委員児童委員協議会(民児協)事務局と、多くの業務を経験。相手の方の思いと向き合い、多様な視点で柔軟に対応することを大切にしています。CSWの時は、本人と家族、それぞれの言葉や態度の裏側にある本音を理解し、尊重できるよう支援しました。現在も、民児協事務局として、一人ひとりの民生委員・児童委員とコミュニケーションをとりながら、活動しやすい環境づくりを模索し、少しずつ取り組みをすすめています。✿新しいものを創りたい柏原市社協は、共同募金のガチャガチャ募金を設置しています。柏原市社協イメージキャラクター“ほのぼのちゃん”の十二支バージョンのバッジを企画。「絶対欲しい!」と学生が何度も挑戦してくれました。新しいアイデアを考え、結果につながることにやりがいを感じます。今後も、頼れる上司と相談しながら、どんどん新しいことにチャレンジしたいです。✿頼られる存在にCSWの頃に関わった地域の方から今でも相談があり、自分を頼ってもらえた時がうれしいです。社会保障などの制度の知識をつけることや、地域の方の思いに寄り添えきれずに苦労することもありますが、読書や好きな芸能人を見てリフレッシュ。経験を力に、社協職員や地域の方からもっと頼られる存在になりたいです。ズームアップズームアップ笑顔咲かせる人ZOOM UP!ZOOM UP!このコラムは福祉の職場で働く人を紹介し、仕事や人の魅力を伝えます。今回登場するのは、入職3年目の畑さん。やりがいや今後の抱負について聞きました。夫おは、明治31(1898)年に大阪でアメリカではじまった視覚障がい者の幸福を追求するライトハウス運動。今回は、その運動の流れをくんで創設された、日本で最も古い視覚障がい者の総合福祉施設「社会福祉法人日本ライトハウス」の歴史を紹介するぞい。ライトハウスの創設者である岩い橋は武た生まれたんじゃ。早稲田大学理工学部に進学するも、網膜剥離のため失明し中退することに。大阪に戻った後は、盲も唖あ学校で点字を習得。関西学院(現在の関西学院大学)に進学し、在学中の大正11のきっかけとなり、翌年、日本で障が(1922)年に点字出版事業に着手したんじゃ。さらに自宅を開放して点が・る・ようなさらなる進化が期待され   た     うわしけ”社会福祉法人柏原市社会福祉協議会畑はた 沙さ希き第690号 この広報紙の作成には共同募金配分金を活用させていただいていますケロ福ほのぼのちゃんさん33No.14「その解き放つ心 日本盲界に光り輝く タケオ・イワハシ」 鶴見区の本部にある岩橋武夫の碑には、岩橋の死後に3度目の来日(昭和30(1955)年)を果たしたヘレン・ケラー直筆の言葉が刻まれています。経験は力になるvol.26ふくしを巡る

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る